大阪高等裁判所 昭和48年(う)511号 判決 1974年10月11日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐伯千仭、同井戸田侃共同作成ならびに弁護人原清作成の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
弁護人佐伯千仭、同井戸田侃の控訴趣意第一点(理由不備または法令適用の誤の主張)について
論旨は要するに、原判決はその第二の各事実についての適条において、公職選挙法二二一条三項の罪と同条一項一号または三号の罪とを併合罪とし、また第二の一の各金員と第二の三の各金員は、いずれも一括して奥野昭子に渡され、同人から各人に供与されたのであるから、右供与行為はそれぞれ一個の行為によってなされたものであるのにこれらを併合罪であるとしているが、右は判決に理由を附さないかまたは法令の適用を誤ったものであるというのである。
所論に鑑み案ずるに、公職選挙法二二一条三項の罪と同条一項一号または三号の罪とが併合罪の関係にたたないことは所論のとおりであるが、原判決が法令の適用において第二の各事実はいずれも公職選挙法二一一条(二二一条の誤記と認める)三項三号かっこ書きのほか、その一および二につき同条一項一号その三および四につき同条一項三号にそれぞれ該当するとしたのは、第二の一、二の各事実は同法二二一条三項三号かっこ書き(同条一項一号)に、第二の三、四の各事実は同法二二一条三項三号かっこ書き(同条一項三号)にそれぞれ該当する趣旨であって右一項一号三号の引用規定は構成要件の内容をさらに具体的に特定するためのものであることは、判文上明らかである。所論はひっきょう原判決の趣旨とするところを正解しないものというほかはない。また、同一人を介し数名の被供与者に対し各別に金員が供与されたときはその罪は併合罪となるものと解すべきであるから、第二の一の各供与と第二の三の各供与をいずれも併合罪として処断した原判決に理由不備の違法または法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
同弁護人らの控訴趣意第二点ならびに弁護人原清の控訴趣意
第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について
論旨はいずれも要するに、被告人の捜査官に対する自白調書は、勾留されたうえ、真夏の約一ヵ月にわたる連日連夜の追究的取調により肉体的、精神的に非常な苦痛を受け、疲労困ぱいし、現に釈放後ノイローゼのため入院しなければならなかったような情況であり、しかも当時他の関係人に捜査の手が及ぶのを阻止したい気持などのため、捜査官に迎合して作成されたものであるから、任意性または信用性を欠く疑があり、中山太郎、飯田健次、久野喜四郎、頓戸勇、一色貞輝、橋本敬親、黒田智郷、仲堅三郎、奥野昭子らの関係人も、真夏に拘束され、あるいは連日長時間の取調を受けて疲労困ぱいして迎合的な供述をし、さらには調書の記載の訂正を申立てたが聞き入れられないまま、やむをえず調書に署名したなどの事実があって、その調書は任意性または特信性を欠く証拠であるのにかかわらず、被告人およびこれら関係人の供述調書を有罪の証拠とした原判決の訴訟手続は法令に違反するというのである。
所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判決の挙示する証拠のうち被告人の捜査官に対する供述調書の大部分および久野喜四郎、一色貞輝、橋本敬親ら一部の関係人の検察官調書が勾留中に作成されたことが認められるけれども、これら取調済の証拠によっても、被告人の供述調書が任意性を欠くことあるいは久野喜四郎その他原判決の挙示する関係人の各検察官調書が任意性または特信性を欠くことを疑わせるものはない。原審弁護人らはこれら各供述調書の任意性を争っていないのみならず、各供述調書は、その記載内容には不自然、不合理な点はなく、取調済の他の証拠の内容とも合致し、いずれも所論のように信用性等を欠くものとは認められない。
従って、これらの証拠を有罪の証拠とした原判決に訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。
弁護人佐伯千仭、同井戸田侃の控訴趣意第三点および第四点(法令解釈適用の誤または事実誤認の主張)ならびに弁護人原清の控訴趣意第二点の二(事実誤認の主張)について
論旨はいずれも要するに、本件被供与者らは、公示前から後援会職員として雇用され、公示後においては選挙運動員と異なり、むしろ選挙運動の圏外にあって単なる機械的労務に従事していたもので、被告人はその雇用関係に基き給料日に従来の給料定額を支給したほか、賞与一ヵ月余りと交通費等を支給したのにすぎず、同人らが選挙運動を手伝ったとしても、それは無償の奉仕行為であり、右金員が選挙運動に対する報酬の趣旨をも含むものであるということはできないのにかかわらず、公示後においては選挙運動に従事すべきことが雇用契約の給付内容として予定されていたと認定し、右支給金員を選挙運動の報酬をも含む趣旨で供与したものとした原判決は、法令の適用を誤り、または事実を誤認したものであるというのである。
所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判決の挙示する証拠によると原判示事実を優に認定することができる。
すなわち、中山太郎後援会は、同人が府会議員当時の昭和三一年頃発足し、当初は小規模なもので、同四二年一二月一五日、同人が翌四三年七月施行の参議院議員通常選挙の大阪地区自民党公認候補となった当時も、会員は大阪市生野区民を中心とし、自宅に置かれた後援会事務所において、秘書である藤坪孫市、奥野昭子らが後援会の職員を兼ね、会員名簿の整理をしておりその会計を被告人が担当していたにすぎなかったこと、中山太郎は、自民党の公認を受け立候補するにあたり、当選を目的とした急速かつ強力な選挙活動の必要を感じ、選挙運動の経験のある久野喜四郎に後援会の組織拡大等につき協力を依頼し、同人は昭和四二年一二月一八日頃から、自民党府市会議員を歴訪して宣伝文書類を頒布したのを手始めとし、翌四三年三月一六日には自民党幹事長福田赳夫その他を世話人代表とした「中山太郎を激励する会」を開き、同年五月から六月にかけては各地区で中山太郎との対談方式による地区座談会を催し、公示直前の同年六月一一日には中山太郎後援会総決起大会を開催するなどし、この前後に府下の各界の協力者等に対し中山太郎公認報告書、中山太郎素描、後援会入会申込書、「中山太郎を激励する会」設立委員要請状、後援会総決起大会案内状その他ぼう大な数量の宣伝文書を配布したこと、これらの事務を処理するため同四三年一月から五月にかけて頓戸勇、一色貞輝、橋本敬親、黒田智郷、仲堅三郎、山中悦治、伊沢央治らが新たに後援会の職員となり、これらが事務を分担し、久野喜四郎を中心とする後援会の選挙活動に従事していたこと、選挙の公示された同年六月一三日以降は、後援会事務所に選挙事務所が併設されたのに伴ない、被告人は後示のとおり事実上の出納責任者となったほか、後援会職員は選挙事務を分担することとし、組織的な活動態勢を固めたうえ、選挙活動を続けたことが認められる。
これらの事実からすると、後援会は、中山太郎の自民党公認後、その選挙対策として、事務所の組織および活動を飛躍的に充実、拡大したものであり、右時期以降における後援会の活動は、単に中山太郎の人格を敬慕し、その政治的勢力を擁護しようとする者らの自発的な集団としての純粋な後援会活動の範囲をこえていたばかりではなく、来るべき参議院議員通常選挙において、中山太郎のため多数の投票を獲得するという具体的な目的をもち、同選挙の公示の前後を通じ、後援会職員の活動は事務所を挙げて投票獲得のためにする直接、間接に必要有利な選挙運動に進展していたものということができる。そして、本件金員の被供与者は、すべて後援会が右のような具体的な目的をもつに至ったのちに職員となったことからすると、就職の当時すでにこのような選挙運動をすることがその職務の内容に含まれていたと推認することができ、中山太郎の選挙費用の事実上の出納責任者であり、また後援会の会計責任者でもあった被告人が給料その他の名目で原判示のとおり供与し、またはその申込をした報酬は、いずれも、被供与者が後援会職員として勤務したことのほか、選挙運動の対価たる趣旨をも不可分的に含んでいたものといわざるをえない。
従って、本件各金員は選挙運動の報酬をも含むものとして供与もしくは供与の申込がなされたものであるとした原判決に事実誤認または法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
弁護人佐伯千仭、同井戸田侃の控訴趣意第五点(事実誤認ないし法令解釈適用の誤の主張)ならびに弁護人原清の控訴趣意第二点の二(事実誤認の主張)について
論旨はいずれも要するに、被告人は従来、後援会の会計を担当していた関係から、本件選挙における中山太郎の選挙資金の保管をし、原則として同人の秘書奥野昭子の要求により資金を引出して渡すだけの、いわば金庫の役割をしていたにすぎないものであって、支出の許否を決定することもなく、出納責任者飯田健次の機械的補助者であり、事実上の出納責任者の地位、権限はなかったうえ、被告人が自ら支出した選挙費用は約九三万円ないし約二二〇万円にとどまり、法定選挙費用額六三〇万円の二分の一にははるかに及ばず、またこの支出について候補者や出納責任者と意思を通じた事実は全くないのにかかわらず、被告人が事実上の出納責任者であって、候補者または出納責任者と意思を通じて法定選挙費用の二分の一以上に相当する額を支出したものと認定し、公職選挙法二二一条三項三号かっこ書きの規定を適用した原判決は、事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤ったものであるというのである。
所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判決の挙示する証拠によると原判示事実を優に認定することができることは前示のとおりである。
すなわち、被告人は、昭和四三年六月、選挙公示の直前に中山太郎から、今回の選挙の出納責任者の届出は飯田健次としておくが、同人は銀行員であり、実際には執務できないため、従来後援会の会計を受持っている被告人において責任をもって会計を担当するよう依頼されてこれを承諾し、中山太郎の秘書兼後援会職員である奥野昭子を補助者として、大口の支出は被告人が直接するかまたは奥野昭子に支出先や金額を定めて支払わせ、小口の支出は同人にあらかじめ数万円を渡しておいて支払わせ、領収証によって報告を受ける方法により、選挙関係費用として四〇〇万円以上の額を支出したこと、飯田健次は、被告人と相談のうえ、選挙運動資金を銀行に飯田健次名義で預金し被告人において、必要の都度その口座から「飯田」の有合わせの印鑑を使用して選挙費用の支出をすることをあらかじめ了解しており、具体的な個個の支出等には関与しなかったことが認められる。右事実によると、被告人は事実上の出納責任者として、公職の候補者または出納責任者との間で、少なくとも法定選挙費用額の範囲内で選挙運動に必要な費目の支出については包括的な了解を得てこれと意思を通じ、選挙運動に関する支出金額のうち大阪府選挙管理委員会が告示した法定選挙費用六三〇万円の二分の一以上に相当する金額を支出した者にあたるということができる。原判決に所論のような事実誤認ないし法令適用の誤はない。論旨は理由がない。
弁護人原清の控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について
所論に鑑み記録を精査して案ずるに、事実上の出納責任者の地位にありながら、あえて違法な報酬の供与等をした本件各犯行の態様、その金額、回数その他諸般の事情に照らすと、供与金員には後援会の職員として勤務したことの対価たる趣旨も含まれていることのほか、被告人が本件に関与した事情その他所論の諸点を十分検討しても、原判決の刑が不当に重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉田亮造 裁判官 矢島好信 加藤光康)